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神戸地方裁判所 平成9年(ワ)2326号 判決

原告

時光宏明

被告

岡山交通株式会社

主文

一  被告らは、原告に対し、金二五七二万四一一七円及びこれに対する平成四年一一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の求めた裁判

被告は、原告に対し、金三九二七万五六五六円及びこれに対する平成四年一一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  原告は、足踏式自転車を運転中に、交差点内で、被告の従業員が運転する普通乗用自動車と衝突して負傷した事故につき、民法七〇九条、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害の賠償を求める。

二  争いがない事実及び証拠によって容易に認定できる事実

1  交通事故(「本件事故」という。)の発生

(一) 発生日時 平成四年一一月五日午前九時ころ

(二) 発生場所 岡山市学南町三丁目一番一六号先市道交差点

(三) 加害車両 被告の従業員笹岡知政運転の普通乗用自動車(岡山五五う一一三二。タクシー)

(四) 被害者 足踏式自転車を運転中の原告

(五) 事故態様 交差点を東から西に直進した加害車両と、南から北に直進した原告運転の足踏式自転車とが交差点内で衝突した。

2  原告は、本件事故により、右大腿々幹部骨折、脂肪塞栓症候群、播種性血管内凝固症候群(DIC)、神経麻痺、頭部外傷、脳挫傷、四肢麻痺、気切、化骨性筋炎、両肘両膝関節拘縮の傷害を負った。

3  原告は、次のとおり入通院した(甲一号証の1ないし12)。

(一) 岡山済生会総合病院 平成四年一一月五日入院(一日)

(二) 岡山大学付属病院 平成四年一一月五日から平成五年一月一八日まで入院(七五日)

(三) 兵庫県立総合リハビリテーションセンターリハビリテーション中央病院(以下「リハビリ中央病院」という。)平成五年一月一八日から同年九月三〇日まで入院(実入院数二五五日)

(四) リハビリ中央病院 平成五年一〇月一日から平成七年一月五日まで通院(実通院日数四日)

(五) 岡山大学付属病院 平成七年一月六日から同年三月二六日まで入院(八〇日)

(六) 岡山大学付属病院 平成五年一月一九日から平成八年一一月二一日まで通院(実通院日数四日)

4  後遺症の程度・等級

原告は、平成八年一一月二一日に症状固定したものと診断され、自賠責保険により、

(一) 右肘関節関係の機能障害は、自賠一〇級一〇号に、

(二) 右膝関節関係の機能障害は、同一二級七号に、右股関節関係の機能障害は同一二級七号に、右足関節関係の機能障害は同一〇級一一号に、

(三) 左肘関節の機能障害は同八級六号に、左膝関節の機能障害は同一〇級一一号、左股関節関係の機能障害は同一二級七号に、左足関節の機能障害は同一〇級一一号

に各該当し、(二)を併合して同九級相当、(三)を併合して同九級相当、(一)(二)及び(三)を併合して同七級の認定を受けた。

そして身体障害者一級の認定を受けている。

三  争点

1  原告の損害額

2  過失相殺の当否、程度

四  争点に関する主張

1  損害額

(一) 原告の請求額

別紙損害計算表中の請求額欄記載のとおり。

(二) 被告

別紙損害計算表中の認否欄記載のとおり。原告の治療態度もその長期化に原因している。

2  過失相殺の当否、程度

(一) 被告

本件事故の発生した交差点は、被告車両の通行道路が優先道路で車両の通行があり、かつ、原告の進行方向からは、加害車両が進行してきた東側は極めて見通しが悪いのであるから、原告は、交差点に進入するにあたっては、一時停止するなどして安全を確認すべき注意義務があるのに、これを怠り、自転車に乗ったまま漫然と交差点に進入した過失がある。

(二) 原告

本件事故の態様から、二割程度の過失相殺はやむを得ない。

第三争点に対する判断

一  損害額について

1  治療費 三〇六万〇三五五円

証拠(甲一の1ないし13、甲二、甲三、乙二、乙七の1ないし26)によると、以下の事実が認められる。

原告は、平成四年一一月五日、本件事故後、岡山済生会総合病院に運ばれたが、入院一時間後に意識レベルが低下、呼吸状態も悪化したため、脂肪塞栓症候群の疑いがもたれ、同日、岡山大学付属病院ICUに転科となり、同病院で治療を受けた。右大腿骨骨幹部骨折については、同病院で一一月五日から同月三〇日まで鋼線牽引した後、観血的整復術を受けた。そして、平成五年一月一八日に同病院を退院し(入院日数七五日)、リハビリ中央病院に転院し、右肘化骨切除の手術を受け、四肢麻痺のためのリハビリテーション、車椅子を使っての機能訓練、歩行訓練及び歯科治療を受けた後、同年九月三〇日に退院し(入院日数二五五日)、翌平成七年一月五日までの間に四日、同病院に通院した。そして同月六日から三月二六日まで再び岡山大学付属病院に入院し(入院日数八〇日)、右大腿骨抜釘術、左膝関節授動、左肘関節授動の手術を受け、退院約一年八か月後の平成八年一一月二一日に、症状固定と診断された。岡山大学付属病院には、症状固定診断を受けるまでの間に、再入院前を含めて、合計四日通院した。以上の治療費として、原告は、健康保険も利用したうえで自己負担分合計三〇六万〇三五五円の治療費を負担した。この金額はすべて被告から支払を得ている。

2  入院雑費 五三万三〇〇〇円

原告は、通じて四一〇日間入院していたのであるが、その間、一日一三〇〇円程度の雑費を要したものと認めるのが相当である(原告の主張は実日数より一日多い。)。

3  車椅子代金 二万六一五〇円

当事者間に争いがない。

4  付添看護費 九二万五〇〇〇円

甲一の1ないし12、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、初回の岡山大学付属病院に入院中の七五日間、リハビリ中央病院に転院後の三〇日間、及び岡山大学付属病院に再入院した八〇日間は、右大腿部骨折、両膝関節機能障害、及びそれに対する手術のため、原告の母が付き添っていたもので、治療上、その付添いが必要であったことが認められる。その日額は、母の雑費を含めて、五〇〇〇円とするのが相当である。

5  通院交通費 三万一一二〇円

当事者間に争いがない。原告本人が、岡山大学付属病院に四日、リハビリ中央病院に四日、それぞれ通院した際の、交通費であって、被告において既に原告に支払済である。

6  近親者の旅費 一万〇四〇〇円

当事者間に争いがない。原告が本件事故に遭遇した直後に、原告の両親が神戸市からかけつけた際の旅費であって、被告において既に原告に支払済である。

7  近親者の宿泊費 一一万七七四〇円

当事者間に争いがない。同じく、原告の両親が、原告が危険な状態にあった間、病院近くに泊り込んだ際の宿泊費であって、被告において既に原告に支払済である。

8  付添人の通院費 二三万八五〇〇円

甲一の3ないし12、乙二、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告がリハビリ中央病院に入院していた期間のうち、平成五年一月一八日から九月三〇日までの二二五日間、原告には付添が必要であって、原告の母親が自宅から毎日通院していたこと、自宅から右病院までの通院費は往復で一〇六〇円であったこと、この分も既に、原告の請求に応じて、次のとおり、被告は二三万八五〇〇円を原告に支払済であることが認められる。この額を越える金額の請求については証拠がない。

1,060×225=238,500

9  通院付添費 〇円

原告がリハビリ中央病院を退院後に、同病院に四日、岡山大学病院に四日、それぞれ通院した際に付添った母の日当というのであるが、これらの通院に母の付添いが必要であったと認めるべき証拠はない。その後再度入院して抜釘手術等を受けた際に付添いが必要とされたことは(甲一の12)、その前の通院にも必要であったことを意味するものではない。

10  就職遅れによる損害 四七一万一二〇三円

甲一の1ないし12、二、原告本人尋問の結果によると、本件事故当時、岡山大学工学部二年生であった原告は、治療のため二年間休学したが、休学後二年経った時点でも、通学に付添が必要な状態であったため、やむなく大学を中退したこと、事故前の卒業見込み時期は、平成七年三月であり、原告は、大学卒業後、就職する予定であったことが認められる。

そうすると、原告は、本件事故がなければ、平成七年三月に大学を卒業し、平成七年四月から就職したものと認められる。

右によれば、原告には、平成七年四月一日から、症状固定した平成八年一一月二一日まで就職遅れによる損害が生じたと言えるところ、原告の当初の卒業見込み時における原告の年齢性別に相当する大学卒男子の平均賃金が、平成七年度賃金センサスによると年額三二〇万七三〇〇円であることは当裁判所に顕著な事実である。

以上によると、就職遅れによる損害の本件事故時点における現在価は、四七一万一二〇三円となる。

11  後遺障害による逸失利益 三六二七万四六七七円

原告本人尋問の結果によると、事故当時は、岡山大学工学部の二年生であって、生体機能応用工学を学んでいたこと、現在は、杖をついて歩くことはできるが、走ったり、自転車に乗ったりすることはできず、また、両腕の肘関節が曲がらないので、他に通勤して勤務するのは困難であることが認められる。

右事実と、前記認定の後遺障害の程度とを総合すると、原告は、後遺症のため、その労働能力の五六パーセントを失う損害を受けたと認めるのが相当である。平成八年度賃金センサスによると原告の年齢性別に相当する大学卒男子の平均賃金が、年額三一九万六〇〇〇円であることは当裁判所に顕著な事実である。これを基礎収入として、事故から四年度の二四歳時に症状固定し、事故から四七年後の六七歳まで稼働するものとして、新ホフマン方式により中間利息を控除すると、現在額は、三六二七万四六七七円となる。

12  慰謝料 一二一五万円

本件事故の態様、これによって原告の受けた傷害の程度が当初は極めて重く、ICUに収容されたほどであったこと、約一四か月入院したほか、約三五か月通院したこと、もっとも、通院実日数は二病院合わせて八日間だけであり、原告が回復に努めたかは、いささか疑問が残ること、原告には前記のような後遺障害が残存していること、その他、本件に現れた諸事情を総合考慮すると、慰謝料は、一二一五万円をもって相当とする。

13  以上の原告の損害は、総額五八〇七万八一四五円となる。

二  過失相殺の当否、程度

1  前記争いのない事実及び証拠(甲六、七、乙一、三、四の1ないし4、証人笹岡知致の証言、原告本人尋問の結果)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故は、信号機がない十字路交差点で発生したものであるが、原告が北に向かって進行していた道路は、幅員一・九メートルの、自転車がようやく通れる程度の狭い道路であり、被告車両が西に向かって進行してきた道路は、中央線こそ表示されていないものの車両が対向通行することが可能な幅員五・七メートルの道路であって、優先道路といえる。右交差点南東角にはマンションが建っており、その前面には、丈は低いものの塀や植え込み等があって、西行車両と北行きの足踏式自転車とは、相互に見通しが悪く、当時はカーブミラーもなく、被告車両の通行方向に、路面に「とび出し」との標示がされたのは、事故の後であった。

被告の従業員である笹岡知政は、被告車両を運転して、制限時速二〇キロメートルの東西道路を時速二〇から二五キロメートルくらいで漫然と進行中、交差点の手前約四・一メートルの地点で、足踏式自転車で交差点に進入直前の原告を発見し、ブレーキを踏んだが間に合わず、本件交差点中央あたりで衝突したものである。

右笹岡は、左方が、見えにくく、しかも、本件事故現場付近には大学があり本件交差点は自転車がよく通ることを知っていたのであるから、本件交差点手前において、左から自転車が進行してこないかを十分減速して確認すべきであったのにこれを怠った過失があると言える。

他方、原告は、本件事故について記憶がない旨供述しているが、原告にも、見通しが悪く、交差道路が優先道路であるような交差点を通過するに際して、右側から進行してくる車両がないかどうかを、交差点手前で一旦停止して確認すべき注意を怠った過失があることは明らかである。

2  右の事情を彼此考慮すると、原告の過失は、本件事故による損害の発生に、少なくとも三五パーセント程度寄与しているものと認められ、その限度で過失相殺をするのが相当である。

右の過失相殺後の原告の損害は三七七五万〇七九四円である。

三  損害填補

原告が、本件事故の賠償金として、被告から三五一万六六七七円、自賠責保険から一〇五一万円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

四  弁護士費用

以上によると、損害填補後の残損害は、総額二三七二万四一一七円となる。この認容額のほか、本件に現れた諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用額は、二〇〇万円と認めるのが相当である。

五  よって、原告の本訴請求は、金二五七二万四一一七円とこれに対する事故の日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとして、民事訴訟法六一条、六四条、二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下司正明)

(別紙) 損害計算法 (9―2326)

以上

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